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上京物語
年末年始の九州への帰省は楽しいことばっかりでした。

そんなお正月も終わり、7日に東京に戻ってきました。
東京勤務にでもならない限り、とりあえず最後の「Uターン」です。

そんな上京の途中のことです。
JAL1790便の機内で、ショッキングなニュースに遭遇しました。

「下関駅炎上」

朝からニュースでやってたようだけど、朝からバタバタしていたせいで、飛行機に乗った午後まで知らなかったのですが、ニュース映像を見たとき、衝撃とともに身体が震え、とても悲しく寂しい気持ちになりました。

下関駅は、おれにとって思い出の深い駅の1つなのです。

下関駅


これは、2002年4月2日、下関駅での1枚です。

この日、おれは東京で大学生となるために上京していました。
九州からの上京なんだし、飛行機であっけなく移動するよりも、時間をかけて行こうと思い、寝台特急「富士」を選んだのです。

家族に大分駅まで送ってもらい、初めて片道切符を買いました。寂しくなるからと、ホームには1人で行き、大きな荷物を片手に、初めての寝台特急に乗り込みました。定刻になり、列車はガッタンと大きな音を立て、発車しました。18年ものときを過ごした大分がだんだん遠くになっていきます。大きな不安と大きな夢を抱えて、大きな寂しさに耐えながら、寝台の端っこに座って、何とか何とか希望に胸を膨らませていました。

1時間ぐらいが経過して、そろそろ大分県を出てしまうというとき、途中の駅から中年の男性が乗車してきて、向かいの寝台に座りました。そのおじさんは、おれがあまりに寂しそうに見えたのか(笑)、声をかけてくれました。どうやら、県北のとある市の消防職員の方で、東京の消防大学に何ヶ月間かの研修に行くようでした。おれも、東京の大学に進学するので上京中であること、将来は九州に戻ってやりたい仕事があることなど、そのとき胸に抱いていた小さな希望をいろいろと話したのを覚えています。おじさんは、そんなおれに、いろいろと社会に出てからの生きる術みたいなことを話してくれたような気がします。…が、今思い出せるのは、「財布の管理はきちんとしなさい。どこで盗まれるかわからないよ。」ということだけです(笑…おじさんゴメンナサイ)

おじさんといろいろ話すうちに、孤独で寂しかった感情も消え去っていました。
そんなとき、列車は「下関駅」に到着したのです。

下関では、関門トンネルと本州との電流の違いの関係で機関車の付け替えが行われるため、少々停車するのです。そこで、おじさんは売店に買い物をしに出て行きました。発車間際になって、おじさんはビニール袋を下げて戻ってきました。中からは、酒とつまみ。「寝台列車」で「おじさん」が「酒」と「つまみ」を買ってくる。なんだか、「らしい組み合わせ」だなぁ…と思っていると、、、

「お前も飲め」

と言って、袋の中から下関名産「ふぐのヒレ酒」を取り出して、ホイっと渡してくれました。正直、この頃はまだろくに酒を飲んだこともなく、あんまり酒の美味しさは分かりませんでした。だけど、おじさんがおれのために買ってきてくれて、列車内で酒を飲み交わすということだけで嬉しい幸せな気分でいっぱいでした。

その後、おじさんは早めに床に就き、おれも横になっているといつのまにか夢の中でした。夜が明けると「しずおか」とか言う未知の世界を列車は走っていて、遠くに来たことを実感しました。

定刻に東京駅に着いてからは、おじさんは三鷹、おれは調布だったので、新宿駅まで行動をともにし、そこでおじさんとは別れました。おれは、下宿先のアパートに向かって、大家に鍵をもらって挨拶をしたり、運ばれてくる家具を搬入したり、大学に学生証をもらいに行ったり、自転車を買いに行ったり、ガスの開栓に立ち会ったり、凄まじく忙しい1日を送りました。

早いもので、あれからもうすぐ4年。

すっかり東京にも慣れ、多くの友達にも恵まれ、大学生活も自分的には充実させることができ、逆に東京に愛着が沸いてきたほどです。だけど、4月からは九州の人に戻ります。あの日、寝台列車の中で決意し、おじさんにも語った夢が現実となったからです。

そして、その後も何度か下関は訪れました。
中でも、ゼミの討論大会で下関を訪れたときの思い出が大きいです。そのときにも、「ふぐのひれ酒」はいい思い出になりました(笑)


そんな下関駅が、わけのわからない変な奴に火を放たれ、駅舎が跡形も無く炎上したのは言いようの無い悔しさと哀しさがあります。それは、おれの「上京」のシンボル的な駅だからかもしれません。それに、この駅が破壊されると、九州と本州が「分断」されてしまう気がしてきます。新幹線やクルマでは行き来できるとは言え、心理的にそんな印象を持ってしまいます。


けが人が出なかったのが、ホントに不幸中の幸いですが、もう今年はこれ以上、人々の旅路に関する事件・事故が起こらないことを祈ってやみません。。。
| なるほどね。(時事ネタ等) | 23:23 | comments(0) | trackbacks(0) |
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